Captain of the Ship」カテゴリーアーカイブ

長渕剛 Captain of the Ship その3

今日は訳があって夕方5時までの診療にしました。

医療をおこなう私たちの究極の目標は、患者さんの幸せ、健康、利益です。
その後から自然とついてくるのが、私たちのやりがいであり、人間的な成長だと思います。

しかし、七星歯科医院を、こんな医院にする!というゴールは、私たちが決めていなければなりません。
そのゴールに向かって走ります。
皆さんにも導いていただきながら、私たちが、お口の健康を通して、皆さんを幸せへと導いていかなければなりません。

そのための努力を、かなりしていると思います。
ブログでは意図的に、ちょっとズレた内容、例えば僕の工作の話だったりを書いていますが、
スタッフは勉強会に愛知県まで月一で通ってくれたり、毎週、テーマを決めて調べ物をしてくれたり、
僕も本を読み、勉強会に行き、新しい治療テクニックの練習を医院に残っておこなったり、患者さんへの啓蒙資料を作ったり。

こうした取り組み全体を、全部全部ひっくるめて、
プロジェクト「Captain of the Ship」と考えることにしました。
僕の場合は、肉体改造も含まれています。

お盆休みで、医院もきれいになりました。
どんどん設備も充実していきます。
近々、ドカンと変わります。
大変ですが、楽しく、努力していきます。

それでは、また!。

院長

長渕剛 Captain of the Ship その2

今日も、院内の清掃、模様替えをやっているのですが、ちょっと休憩です。

昨日の続きです。

そうして入った法学部。
僕は挫折を味わうことになりました。
当時の司法試験の合格率は3%程度。
滅茶苦茶に頭の良い人たちが競う、頭脳オリンピックだったように思います。
根性が足りなかったことは確かですが、
仮に、それなりに強くなった今の僕の根性と、当時の若い僕の頭脳を合わせて頑張っても、
やっぱり無理だろうと思います。

歯学部生のとき、教員のある先生に、一度夢をあきらめた人なんて、そこまでの人、と言われたことがありました。
当時は、そうだよねって僕も思いました。
今は、逆立ちしてもかなわない夢を持ってしまっただけだと思っています。当時の僕自身を否定する気持ちはありません。
プロ野球選手を目指す野球選手がプロになれなくても失敗じゃない。
ボクシングジムに通う男の子の99.9%以上はチャンピオンになれないけれど失敗じゃない。
しかし、こういった皆に、その経験で得られたものがあっても、もっと大きな悲しさが残っていると思います。

弁護士を目指していた当時のことを思い出せば、言葉になりません。
黒いコールタールの液体の中で、溺れているような気分になります。
しかしその後、兄のすすめで歯科医師になったことは、とても幸せでした。
苦労はしましたが、心の底から後悔したことは一度もなく、頑張ってやってきました。
つらい時に頭の中を流れた歌は、今度は、長渕剛のHOLD YOUR LAST CHANCEでした。
常に、この仕事がLAST CHANCEと思ってやってきました。

昨日、BSスカパー!「俺たちの長渕剛」を見ました。3年前の録画です。
このところ、ちょっと熱狂的な長渕ファンではなくなっていたのですが、感動しました。
44歳の時、歌のため、声のために、肉体改造をしたそうです。
ヒョロヒョロからムキムキになっています。

僕も今44歳。体の衰えを感じています。
おとついは久々に泳いだのですが、泳ぎのイメージと現実にギャップがありました。

こんな歯医者になりたい!、こんな技術が欲しい!、こんな医院にしたい!、こんな院長でありたい!
明確な夢があります。
そしてこの夢は頑張れば叶いそうです。今度はかなう夢だと信じています。
だから、なおさら、やる!。
より良い診療を継続していくために、
肉体改造と並行してスタートします!。

それでは、また!。

院長

長渕剛 Captain of the Ship その1

25年前になります。1993年11月。
長渕剛のCaptain of the Shipというアルバムが発売されました。

当時の僕は、静岡県で、夜の9時から朝の9時までノンストップでエアコンを作る工場の仕事を辞めた後でした。

その工場では、1個1分でエアコンのボディーが金型から出てきました。
出来たばかりでちょっと熱いボディーの、バリを小刀で取ったり、油を拭いたり、箱詰めをしたりで、処理にかかる時間が58秒。
残った2秒が休憩でした。

しかしトイレに1回行くと、約3分を失います。
エアコンのボディーは当然3個、ラインにたまります。
3分=180秒の仕事を、2秒の休憩時間を利用して追いつこうとすると、
180/2=90
90個の処理をする時間で、90個プラスたまった3個=93個の処理をすることになります。
この90分間は完全に休憩なしのノンストップ。

ちょっと体を壊して辞めた後、僕は何をやって生きていくのか、途方に暮れました。
夜中に、二ツ池、という池の淵に座って、フナが跳ねる音の回数を数える。
ただただ、将来への不安を感じている、不安定な心の日々でした。

1993年11月。
Captain of the Shipを聴きました。

「決めるのは誰だ? やるのは誰だ? 行くのは誰だ? そう お前だ! お前が舵を取れ
お前が行け! お前が走れ! お前が行くから道になる
前へ 前へ 前へ 前へ ただただひたすら前へ突き進めばいい
わかるか! わかるか! お前が決めろ お前がしっかり舵を取れ」

心の中で、いま走ろう!、今日から走ろう!、走って生きていこう!、という衝動が爆発しました。
あの衝動は、今振り返っても、人生最大のものだったように思います。

裸足のまんまで、工場への道を走りました。
安倍川を越え、用宗港あたりの真っ暗な駿河湾の海岸まで、全力疾走。
その日はちょっと海が荒れていて、波の打ち寄せる音しか無いような世界はとても恐ろしかったのですが、
波打ち際にしばらく立っていると、だんだんと心が落ち着いてきました。
そしてなぜか、大学に行こうと思ったのでした。

週刊誌だけは隅から隅まで読んでいた当時の僕は、社会悪について考えるようになっていました。
学部選びに迷いはあったのですが、最終的には法学部を出て弁護士になることを目指し、1995年の春に法学部に入学したのでした。

今日はエアコンを強めにかけながら、医院の床の清掃をしました。
長渕剛が大好きな友人に手伝ってもらいながら、
長渕剛の名曲はなんだ?、という話で盛り上がりました。
やっぱり僕は、Captain of the Shipです。
人生が変わった1曲です。
友人はMyselfでした。
彼も今、おじさん学生として、ある国家試験を目指して頑張って勉強しています。
僕は、彼の1年半後の合格を信じ、祈っています。

それでは、また!。

院長